城跡公園 岩村の歴史が詰まる公園

城跡公園

岩村城跡の山麓の武家屋敷地約2haを利用し、下田歌子勉学所、歴史資料館、太鼓櫓、遊歩道を整備し自然をそのまま生かし、町民や観光客の皆さんに親しんでいただける公園です。
城跡公園の場所と行き方

太鼓櫓

太鼓櫓

江戸時代初期、時の藩主松平家乗が、平和な時代になり城主が城の山頂に住む必要がなくなったとして、城の麓に藩主邸を造営しました。以後その場所は政治の中心として機能をはたす一方、『太鼓櫓』が設けられ城下に時を知らせました。時を知らせる為の櫓は藩主と領民の心の絆となり、非常時にはそれを乱打して領民にそれを知らせたともいわれています。
現在の太鼓櫓はふるさと創生の1億円によって平成元年から平成2年にかけて復元され、今では岩村のシンボルとなっています。

下田歌子勉学所・顕彰碑・銅像

下田歌子勉学所・顕彰碑・銅像

明治から昭和にかけて日本の女子教育の先駆者で歌人であった下田歌子の勉学所、顕彰碑、銅像があります。

勉学所

下田歌子が勉学に勤しんだとされる勉強部屋(父の書斎)を復元したもの。歌子の家系は代々学者で藩校知新館の教授を務めていました。江戸期には女子は藩校で習い事が出来なかった為、歌子は祖母から読み書きの手ほどきを受けました。その才は驚くことに4歳で和歌を詠み、6歳で俳句・漢書を理解したと言われています。明治から昭和の女子教育の先駆者としての基礎を養ったのがこの勉学所と言えるでしょう。

顕彰碑

“綾錦着て帰らずは三国山 またふたたびは越じとぞ思ふ”
明治から昭和にかけて日本の女子教育の先駆者として、現在の実践女子大学(東京)を創設した下田歌子が上京する際、大変な決意を込めて詠んだ歌。後に歌子は歌意のとおり故郷へ錦を飾り、今も岩村町の偉人としてたたえられています。顕彰碑は高さ3m、巾1.3mあり、伊豆根府川石の立派なもので、歌子が亡くなる1年前に実践女子学校関係者の善意によって建立され、なんと実践の校庭で刻まれ鉄道で運ばれて来ました。

銅像

岩村町の偉人十傑の一人、そして岐阜県の郷土に輝く先人にもなっている「下田歌子」。平成15年11月3日(2003)に、下田歌子生誕150周年記念として、銅像が下田歌子勉学所敷地内に立てられました。

知新館

知新館

岩村藩校・知新館は元禄15(1702)年に松平乗紀(のりただ)によって創立されました。美濃においては最初の藩校で、全国的にみても藩学としては古く、10指に入るといわれています。創立当時2万石の小藩でありながら文教政策に重点をおき、有能な藩士の育成を図られていた点は注目に値します。知新館の知新とは孔子の論語の「温故知新」からとったもの。 城址公園には知新館の正門が移築されています。

岩村歴史資料館

岩村歴史資料館

岩村歴史資料館は、岩村町八百有余年の歴史をおさめています。高床式、入り母屋づくりの屋根、白壁の外観は城をイメージさせます。
展示品は、岐阜県指定重要文化財として「享保岩村城絵図」「明和岩村城絵図」「佐藤一斎自讃画像」など歴史的価値の高いものばかりです。

民俗資料館

城跡公園 民俗資料館

草屋根風の民俗資料館は古い民家をそのまま移築したものです。先人の生活を忍ばせる数々の民具は生活の知恵と技を教えてくれます。入館券は歴史資料館と共通 。

参考:岐阜県観光連盟、恵那市観光協会

城跡公園の場所と行き方

AROUND JAPAN RV RENTAL 南大阪営業所 から行く場合の一例
岐阜県恵那市岩村町98
駐車場:無料(岩村歴史資料館前の無料駐車場)

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